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不健全な感じです。

 

 

 

 

 チャイムが三回鳴って、それでも無視していたらガンガンガンと今にも木の扉をぶち壊しそうな勢いで玄関のドアが叩かれた。それと同時に泣き叫ぶような激しい声。

「ちょっとマッキー! いるんでしょ!? 何で開けてくれないの! まっつん! お前たちまで及川さんのこと捨てるつもり!? ほんっとーに最低だよ!」

 いいところだったのに、と思いながら密着していた体を離して、花巻は玄関へ向かう。後ろで松川が「いいとこだったのに」と溜め息を吐くのが聞こえ て、少しだけ嬉しくなる。今すぐ振り返って男にしては柔らかい少し尖った唇にむしゃぶりつきたいが、玄関では騒ぐ声はどんどん大きくなり、もはやあの白い 木製のドアがぶち破られるのは時間の問題に感じられた。大股で玄関まで行き、鍵を回すと同時にドアを思いっきり引いた。

「うるさい、近所迷惑。俺今からセックスするから帰って」

 ドアの前に立っていた男、及川徹は花巻を見るなり大きなアーモンド型の瞳いっぱいに溜まった涙を溢れさせた。

「なにそれぇ! 俺より女の子優先すんの!? きらい、マッキー嫌いだし」

 180㎝を超える大男が人目を憚らず声を上げて泣いているのは何とも言えず哀れである。またどうせ下らないことで岩泉と喧嘩して泣いているんだろうとは思ったが、こんな目立つ男に玄関の前で延々泣き続けられるのは御免である。

「いや、マジでうるさいんだけど。あとお前目立つから。俺ら近所迷惑でお隣さんに警察呼ばれたらやばいもん見つかるからね。わかってんだろ」

 馬鹿、と付けたしたいのをグッと堪えて花巻は言葉を区切る。及川はズビズビ鼻を鳴らしながらも玄関から動く気配は無い。

「入れて。女の子には帰ってもらって。セックスはいつでもできるでしょ、マッキーのヤリチン」

 一瞬、売り言葉に買い言葉で「うるせーヤリマン」と言おうとして、確かにこいつは最近男性器は使ってないけど、しかし女性器を使っているわけでも ないんだし、ヤリマンはおかしいよなぁ、と言葉を詰まらせる。その隙に、及川は花巻の身体の横をすり抜けて室内に体を滑り込ませた。

「あ、てめぇ」

「ねぇー、まっつんー」

 ドタドタと足音を響かせて、勝手知ったる他人の家と及川は寝室を目指す。さっきまでの涙が嘘のように元気だ。

「あ、やっぱりいた!」

「及川うるさい、俺今からセックスしようとしてたんだけど」

「なに、まっつんも? 俺3Pやったことないや。女の子いないけど」

 どこ?と尋ねる及川に、お前がうるさいから、と松川は溜め息を吐いた。そんなあからさまに面倒くさがる仕草にも動じず、及川は松川の座るベッドの端に腰掛ける。

「もーほんとやだ。今度こそ別れるかも。別れたら俺にも3P経験させて」

「俺斡旋業者じゃないけど」

「うん、“料理人”さんでしょ」

 及川はあっけらかんとそう言うと、松川に向かって掌を差し出す。

「なに」

「くださいな」

「俺のは純度高いから値段もすげーけど」

「知ってますけど?」

「お代が先だよ、あんちゃん」

わざとらしく眉をつり上げて言うと、及川は「それおっさんみたい」と言って笑った。及川の言う「料理人」の意味は覚せい剤の製造者の隠語で、だから つまり「下さい」とは薬をくれ、を意味していた。松川は製造者で、この家の地下は製造場所として使っていて、ついさっきまで作っていたから薬は余るほどあ るのだが、出来上がった時点でもう既に製造者の松川の手を離れているのだ。

「お前薬やんなくても十分ハイだろ」

 ドアを開けて寝室に入ってきた花巻が、中身の詰まった茶色い紙袋を及川に投げて寄越す。無造作に投げられた袋から札束が顔を覗かせていた。

「材料費?」

「ん」

 花巻は煙草に火を付けようとしてライターをカチャカチャと鳴らす。その伏し目がちの仕草が、松川には先ほどまでの生温いやりとりを思い出させた。 半裸の花巻の身体が密着して、お互いの体温が交じり合う。あぁ、この感じ、相手が女ならもう一線を超えるんだけど、と思って様子を窺うように目線をやる と、普段勝気で悪戯っぽく光る色素の薄い瞳が、穏やかに伏せられていて、それがまるで行為を促しているように感じられた。顎を掴んで上向かせても、その目 は従順に閉じられたままで、これはイケる、と思った矢先、チャイムが鳴って騒々しく及川が現れたのだった。

「ディーラーさん、ブツを売ってくれよ」

 ライターを諦めてベッドサイドテーブルに放った花巻に、及川が自分のライターを差し出して火を渡す。花巻に放り投げられたライターはカンカンと跳ねて床に落ちた。松川はそれを無言で拾ってごみ箱に投げる。

「いいのかよ、大手製薬会社の出世頭が薬やって。スキャンダルだろ」

「死なば諸共」

 及川はそう言ってにっこり笑った。この笑顔がえげつないことを、松川も花巻もよく知っていた。

「いいじゃん、俺が流した材料で作ってんだから。安くしてよ」

「お前にヤクやらすなって岩泉に言われてんだけど」

「俺もう岩ちゃんの言うこと聞かないって決めたの!」

 だから早く、と目を三角にする及川に、花巻は眉を顰めたが大人しく尻ポケットから透明な小袋に入った薬を渡す。

「俺のせいじゃないからネ」

「あ、ひっでー」

「だって渡したの花巻デショ」

 松川はそう言うとベッドから立ち上がってソファに移る。もうセックスという雰囲気ではない。今日は無しかな、と思ったのだが、花巻はその様子に慌てたように

「え、なに、どっか行くわけ?」

 と、松川に追い縋る。

「え、別に。だって及川薬ヤるだろうし」

 邪魔かな、と思って。松川がそう言うと、花巻はちらっと及川に視線をやる。つられて松川もそちらを見ると、及川はフンフンとご機嫌な調子で鼻歌を歌いながら、固形の薬を砕いている。

「なぁ、明日来る?」

「明日は仕事」

「ふぅん、そっか。じゃあまぁ仕方ねーな」

 クソ及川、と小さく悪態を吐く花巻に、松川はニヤけてしまいそうになる。つまり、花巻は期待していたわけだ。さっきの続きがしたいのだ。そういうことなら、仕方がない。

松川は花巻の腰に腕を回し、抱えるようにして体を密着させる。え、とかおわ、とか言って慌てる花巻の後頭部に手を添えて、耳元で「ちょっと待ってて」と囁いた。グリグリと股間を押し付けることも忘れずに。そしてパッと体を離すと、及川のいるベッドに大股で歩み寄る。

「及川、いつもより強力なのやってみない?」

「え、なぁにそれ?」

 丸いアーモンド型の瞳をキラキラさせてこちらを見上げる仕草はまるで子どものようだった。

 

「あ、これ、すっごい……」

 夢心地のような表情で呂律の回らない言葉を呟く。バタン、と音を立ててベッドに寝転んだ及川の背中に手を差し入れて、横を向かせる。

「仰向けはダメ。吐いた時喉に詰まるからな」

「あぁ……んぅ……」

 もう既に半分以上意識の無い及川にその言葉が聞こえたのかはわからないが、二つあった枕の内の一つを背中に当てて体を固定させる。

「炙りやべーな」

 一連の流れをずっとソファの背から身を乗り出して見ていた花巻が言った。スプーンにアルミホイルを引いた上に焦げた薬が乗っかっている。下からラ イターで炙って及川に吸引させたその薬を、松川は律儀にティッシュに包んでごみ箱に捨てた。スプーンはドアの向こう、リビングの横のキッチンの流し台に置 くに行く。几帳面なのは性格だ。

「洗ってくれたぁ?」

 大きなソファにだらしなく寝そべった花巻が、寝室に戻ってきた松川を出迎えた。

「そんなゆっくりすると思う?」

 シャツを脱ぎながらそう言うと、花巻の白い喉がごくりと動くのが見えた。その喉に吸い付きたい衝動に駆られて服もそこそこに覆いかぶさる。

「さっきさぁ、及川に岩泉は? って聞いたら、好きぃ~だってさぁ」

 意識朦朧としてる癖に、と花巻はおかしそうに笑って、松川の背に手を回す。立てた膝が股間を刺激するように擦りつけられて、思わずゾクリとする。

「バカップルめ」

 どうせ数時間もすれば岩泉がやってきて、ハイになっている及川を見て俺たちに怒鳴るのだ。それまでは、存分に楽しみたかった。

「俺、男は初めてなんだけど」

 松川の胸に顔を埋めた花巻がくぐもった声でそう告げる。だろうね、という気持ちとよかった、と安堵する気持ちが合わさって松川は眉を顰める。どうやら思った以上に、この仕事の相棒を気に入ってしまっているらしい。

「ふぅん、俺も」

 赤くなっている耳に息を吹きかけるようにしてそう言うと、花巻が肩を震わせる。恥ずかしそうに顔を背けて、目をぎゅっと閉じている姿は、いつも抱 いている女たちとそう違いはなくて、男でもかわいいな、と素直に思う。スウェットを脱がしてパンツの上から性器を少し乱暴に握ると、ひゅ、と息を吸う音が した。すぐに腰を浮かせて自分から擦り付けるように動かす花巻に、もったいぶらないところがお前らしい、と内心苦笑する。

「あ、はぁ……」

「ローションどこ?」

「ん、机の下」

「そんなとこ置くなよ……」

「ソファでシたくなった時すぐ出来るじゃん?」

 ソウダネ、と機械的に呟いて、ローションを取り出して掌で温める。そうして体を離すと、組み敷いた花巻の姿がよく見えた。唇を少し尖らせて、眉を顰めたその顔に、なにか不満でもあるのだろうか、と首を傾げる。

「あのさぁ」

「ウンウン」

 今更待ったは無しだよね、と思いながら有無を言わせぬよう早急に事を進める。花巻が浮かせた尻の下に手を入れて、後ろの窄まりを指先でなぞった。

「あ、あのっ」

 指先が窄まりを優しくなぞると、花巻は上ずった声を上げて腰を引く。アナル触られるなんてぞくっとするよな、と同情しつつもやめるつもりは毛頭無いので続ける。

「あの、あのさっ! あぅ、あっ」

 喘ぎ声に混じって何か伝えようとする花巻に、手を止めて顔を覗き込む。すると恥ずかしいのか両手で顔を覆うので、そういう反応するんだなぁ、なんてもう数年見てきた相棒の新たな一面に場違いな感動を覚えてしまう。

「俺、男は初めてだけどアナルはいじってもらったことあるから……」

 だからあんま遠慮しなくていいよ、と言う花巻の声は最後に行くにつれてだんだん小さくなって言った。

「マジで」

「……うん」

「男?」

「いや男はお前が初めてだって!」

「そういう趣味なんだ」

「真顔で言うのやめて……」

 こんなことをしておいて今更とも言えなくもないが、相棒のちょっと特殊な性癖を知ってしまったのは正直気まずかった。花巻も恥ずかしそうに横を向 いているので、なんとなくこちらまで赤くなる。いや、まぁでもこれからもっと恥ずかしいことするんだし、お姉さんにアナルいじってもらうのが趣味だったお かげで男との初めてのセックスでそんな痛み感じずに済みそうだし、これはいいことなんじゃないか?うん、そうだ。いいように考えよう。

「えっちだね」

 松川の言葉に、ありがとう?と疑問形で返した花巻の唇を優しく塞ぐ。指を埋めたそこは、なるほど、そんなにキツい感じはしなかった。それでも指の感触に体をよじる花巻を上から抑えつけてそのままもう一本挿入した。喘ぎ声は合わせた唇に吸い込まれていった。

今、二人は一線を超える。

 

 

 

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