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愛するということ

 

 

 半端に閉められた遮光カーテンの隙間から、緩やかな光の筋が射し込んで、きれいに隆起した筋肉の付いた二人分の足を照らして、そのまま真っ直ぐ床を這って、壁を上って、シンプルな丸い掛け時計の横を通っていく。冬の明け方の弱い光が、狭いワンルームを薄ぼんやりと照らして、宙を舞う埃が嫌に目に付いた。しん、と静まり返った部屋の中も、鳥の声一つ聞こえない外の世界も、自分以外の全てがまだ眠りの淵にいた。

 寝る前はすっぽりと布団をかぶって寝たはずなのに、肩を撫でる冷たい空気に及川は目を覚ました。ぶるりと震えて、慌てて毛布を引き上げようとするけれど、ベッドより少し大きめのダブルサイズの毛布は少しも動かない。隣を見ると、黒いツンツン頭が毛布をぐるりと巻き付けてこちらに背を向けて眠っていた。いっつもこれだ、と及川は溜め息を吐いて、隣で眠る恋人を起こさないようにそっと毛布に手を伸ばす。半身を起こして向こう側を覗き込むと、規則的な寝息を立てる彼の吐く息が、冷たい空気の中で一瞬だけ白く見えた。巻き込んだ毛布を、寒さに耐えるようにぎゅう、と大きな手が握りしめていた。朝の光の白くぼんやりした視界では、いつも健康的な彼の浅黒い手すら、生気を失ったかのように真っ白になって、心許なく見えた。

 及川は堪らなくなって、思わず彼の手に自分の手を重ねた。その手は及川よりずっと高い体温でもって、ゆっくりと、確実にぬくもりを伝えてきた。どくんどくん、と大きな音と振動で、心臓が体中に血液を送るのを感じた。剥き出しの上半身が、冷たい空気の中で体の芯まで冷やされていく。心臓が、冷え行く身体に警鐘を鳴らすかのように激しく動く。けれど、それに反して、及川の手だけは、岩泉の手から伝わるぬくもりにゆっくりと温められていった。

 冬の朝、明け方の空気、窓から差し込む弱い光、薄ぼんやりと明るい部屋。殺風景で、だけど狭い部屋の床に散らばった二人分の衣服が、人の存在を匂わせる、小さな部屋。世界中の生き物が死んでしまったかのように静まり返る世界。その全てが、この瞬間を、無性に切なく息苦しいものにしていた。泣きたくなるような朝だった。

 握りしめる手がぴくりと動いて、黒いツンツン頭がこちらを振り返る。

「馬鹿、起きてんなよ」

 と言って、大きな手が及川の肩を毛布の中に押し込めた。そっちが布団、取るんだよ、いつも。そう言ってやりたかったけれど、冷え切った心臓がうまく血を巡らせてくれないから、及川はうまく言葉を紡げなくて、ただ黙って岩泉に背を向ける。後ろから抱きしめて来る人肌が温かくて、ゆっくりと体が溶けて行く。

「お前冷たい」

 後頭部に熱い息と共に吐き出された言葉が、及川の耳から入って、脳で理解される。

「岩ちゃんは温かいから、生きてる」

 呟いた言葉は、朝の空気の中に溶けていった。後ろからは、もう規則的な寝息が聞こえていた。無性に切なくて、息も出来ないほどに苦しい朝を、いったい何度繰り返すのだろう。

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