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Eine Kleine Erzählung

 

 

 岩ちゃんがなかなかマフラーをしないから、俺は毎朝玄関のドアを開けてその視覚的な寒さに「マフラーいる?」って聞かなきゃならなくなる。岩ちゃんは首をすくめてジャージの襟元に鼻まで突っ込んだ姿勢のまま「いらねぇ」とぶっきらぼうに答える。「じゃあ手袋貸す?」って聞いてもやっぱり「いらねぇ」と答える。それから俺が門扉を開けるのも待たずに、踵を返して勝手に学校までの道のりを歩きだす。俺も黙って岩ちゃんの後を追って、小走りで隣に並ぶと、足並みを揃えて一緒に歩く。

 三年生が引退して主将になってからは、一番乗りで部室に行って鍵を開けなきゃならなくなった。寒いし眠いしこの後の朝練と授業と夕方の練習のために体力を温存しないといけないから、俺と岩ちゃんはもう会話をせずに後は二人とも首をすくめて手をポケットに突っ込んで、半分寝てるみたいな細い目を冬の冷たい風にさらしながら黙々と歩いて行く。

 朝靄の中、ほんのりと青くけぶる視界が余計に眠気を誘った。夜中にまた新しく積もった雪は、踏みしめる度にしゃくしゃくと音を立てた。人気のない住宅街の車二台がすれ違うのがやっとの道路には、こんなに早い時間なのにもう誰かの足跡が付いていた。辺りに人の姿はなくて、俺と岩ちゃんの息遣いと雪を踏む音くらいしか聞こえなかったけれど、ほんの壁一枚を隔てた家々の中では、静かに起き出した人々が夜の名残を引きずりながら、音を立てないように朝食の準備をしている気配がした。俺に弁当を持たせて見送るためだけに早起きをしてくれたおかあちゃんは、もしかしたらもう一度暖かい布団に戻ってしまったかもしれないな、と思う。冬の朝は薄暗くて、ほとんど夜みたいだった。

 

 

 

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