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「俺ラーメン大、煮卵トッピングで、んでライス大!」

誰も聞いていないし店員さんも来ていないのに及川が大きな声で宣言した。そしてかわいい女の子がやると様になるような口元に手をやって考える仕草をして「餃子も食べたいなぁマッキー半分こしよ?」と続ける。

「デザートのソフトクリームシェアしてくれるならいいぜ」

花巻の言葉に思わず「お前ら女子かよ」と突っ込みそうになって、出も絡むと及川が由ぶから先にメニューを決めてからにしようと思い直す。

岩泉と松川と三人でメニュー表を覗き込んでいた花巻は、メニューの右上の豚骨ラーメンをドン、と指で叩いて「俺これにする」と宣言し岩泉と松川の方にメニュー表を押しやった。

「まっつんどうすんのー」

間延びした声で尋ねる及川に松川はうーんと唸る。担担麺食べたいけどこれ大盛りできないからなぁ、という言葉に、それは深刻な悩みだな、と岩泉も思う。やっぱり大盛りできるラーメンを選ぼう、それならこれしかない。岩泉の心は決まった。

「岩泉はどうすんの?」

「しょうゆ」

「あー、じゃあ俺ももう担担麺でいいや」

 岩泉が決まったのを聞いて松川も注文を決める。店員さーん!という及川の元気な声が店内に響いた。

「ラーメン大煮卵トッピングで、あとライス大と餃子」

「俺とんこつラーメン大でライス大、んで特濃ソフトクリーム下さい」

「しょうゆラーメン大、ライス大、餃子」

「担担麺とライス大と餃子で」

「以上でーす!」

 店員さんが注文を復唱してかしこまりましたと言って去って行く。その後姿を見送って、及川がニヤニヤしながら花巻を見る。

「マッキーの特濃ソフト~」

「俺のは濃いぜぇ~」

「花巻は濃いからなぁ」

「ダントツだよな」

 花巻の冗談に松川と岩泉も乗っかれば、言っておいて恥ずかしくなったのか、

「見たのかよ!」

 と、花巻が慌ててツッコむ。

「てかみんなライス大じゃんね」

 及川がポケットからスマートフォンを取り出しながら何気なく言う。

「ライス大は鉄板」

「それな」

 及川に同意する松川と花巻の言葉は声からしても適当さが滲み出ているが、だいたい部活後の疲れている時はいつもこんなものだ。

「うぁ~」

 気の抜けたあくびと共に及川が椅子にずるずるとだらしなく座り机の下で足を伸ばす。及川の向かいに座る松川は、その足を邪魔だと思いつつも彼が足を伸ばせるように自分の足を開いてやる。そういうところが松川は大人だと岩泉は思う。

「やだぁまっつん逃げないでぇ」

「ちょっとぉ、机の下でいちゃつくのやめてもらえるぅ? 俺と岩泉もいるんだからねぇ!」

 花巻がオネエ口調でそう言って「ねぇハジメちゃん俺たちもやっちゃう?」と続けた言葉に「ヤメロ」と岩泉が答えるのとほぼ同時に及川が騒ぐ。

「えー! ちょっとどういうこと!? 及川さんがはじめちゃんって呼んだらやめろって言ったのに!! 中学の時!」

 及川の抗議に思わず三人は吹き出す。

「いつの話だよ」

「懐かしい話急にすんなよ」

「もう呼ばせてあげたら?」

 口々にそう言って笑う三人に、及川は自分は真剣なのに、と更に言い募る。

「ねぇーだっておかしくない!? なんで小学校まで名前で呼んでたのに中学入ったら急に名字で呼ばなきゃなの? そんなルールあんの!? なんなの北一の校則なの!?」

 及川の抗議に大笑いしていると、さっきの店員が担担麺と醤油ラーメンを運んでくる。

「餃子とライスは少々お待ち下さい」

「はーいあざまーす」

 よっしゃ、とラーメンを見て喜ぶ岩泉に花巻が箸を渡す。礼を述べて受け取り顔を上げると、またラーメンを二つ持って店員が近付いてくるのが見えた。

「お前らのも来たぜ」

 そう言って近くにあったカップを四つ取り出してピッチャーから水を入れる。花巻が及川と松川にも箸を渡した。

「餃子とライスお持ちしましたー。ソフトクリームは食後でいいすか?」

「はーい大丈夫でーす」

 及川が愛想よく元気に答えると、店員は小さく頭を下げて去って行った。

「すごいテーブル狭い」

「お前らが頼みまくるから……」

「マッキーもでしょー!」

 及川と花巻が下らない言い合いをして笑う。二人を気にせずさっさと食べ出す松川を見て岩泉も蓮華を持つ。まずはスープの味を確かめるのが岩泉の流儀である。

「てかさぁ」

 ずるずると音を立ててラーメンを啜った及川が丼ぶりに顔を向けたまま目線だけ岩泉に寄越して言う。

「岩ちゃんのその通ぶった食べ方おっさんくさい」

「あぁ?」

「だってぇ、ねぇマッキーもそう思うでしょ」

「いや松川のほうがおっさんという意味では」

「失礼な」

 うはは、と笑って花巻が丼を両手で持って豪快にスープを啜る。岩泉も負けじとご飯をかき込んだ。及川が頬に跳ねたスープを指でこすったのを見て、岩泉は近くにあった紙ナプキンを一枚取って、無言で及川に差し出す。

「ん。ありがと岩ちゃん」

 岩泉から紙ナプキンを受け取ることで意識がそれたのか、伸ばした手の袖口が餃子のタレに付きそうになるのを、松川が慌てて手を出して止める。

「及川」

「うぁ、ごめーん!」

「きたねぇ奴だなぁ」

「うへへ」

 花巻に叱られても舌を出して笑っている及川に、岩泉は目つきを険しくして言う。

「おい、制服の色わかってんのか。気を付けて食えっていつも言ってるだろ」

「うぃっす!」

 岩泉の眼光の鋭さに、及川はひやっとした顏をして慌てて敬礼する。その仕草が既に不真面目なのだが、これはこれで及川なりのご機嫌取りなのではないかと岩泉は最近思っているので、見逃してやる。

「松川さ、担担麺からくねぇの」

 花巻が餃子を飲み込んでマイペースに尋ねる。

「いやこれくらい辛い方がいいよ。食欲そそるし」

「えー俺胃腸強くねぇから辛いの食べたら即下すわ」

「ちょっとマッキー!」

「きたねぇなもう」

 花巻の言葉に及川と岩泉は口々に文句を言う。

「うはは、ごめん」

「食事中やめろよばか」

「ごめんて」

「もーほんとマッキーそういうとこあるー」

「でもそこが好きなんだろう?」

花巻の芝居がかった口調に笑いながら「もうマジやだマッキーすき」と及川は返して、そのままの勢いで

「すみません店員さん替え玉おねがいしまーす!」

 と大きな声で店員を呼んだ。

「お前マジか」

「今日のおかわり君はお前だわ及川」

「さすが主将は違うわ」

及川の食欲にさすがの岩泉たちも今日は負けを認めざるを得なかった。

「しかも俺まだソフトクリーム食うからね」

 やべぇな、と岩泉は半ば無意識にそう呟いて、花巻は俺の分残してよ、と慌てて、松川は替え玉来たらちょっとちょうだい、とこれまたマイペースにのたまった。

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