「もう、…おっせえんだよッ!!」
勢い良く立ち上がろうとした国見の膝が低い座敷のテーブルに当たって、上に乗っていたグラスや皿がガチャンと大きな音を立てた。当の国見は酔いのせいか立ち上がることは適わず、膝立ちになってぐらりと揺れる体を隣にいた岩泉が慌てて支えた。
「うお……こわい……」
「マッキーおつかれー。国見ちゃん怒ってるよぉ?」
「なんであんたそうやっていつもいつも遅れてくるんだよ! 反省してねーのかよ!!」
今にも殴りかかりそうな国見の剣幕に、花巻はたじろいで、及川はおかしそうに笑って、岩泉はなんとか落ち着かせようと国見にしがみついた。
「岩泉さん、止めないで下さい! この人はねぇ! 反省しないんですよ!! 反省できないんです!! そういう心が無いんですよ!! 俺が!! 殴らないと!! 痛みで覚えさせます!!」
「あははははははは! 国見ちゃんやばい!」
「マジこえぇ……国見どうしちゃったの」
「国見、とりあえず座ろう、な? 花巻殴るのは一旦座ってからにしよう」
花巻は居酒屋の個室の入り口で固まったまま、このまま帰ろうかと逡巡した。そもそも、今日は国見がいるなんて聞いていない。久しぶりに飲もうと及川から連絡があったから来てみたらこの有様で、自分はハメられたのだとわかり、ジロリと及川を睨みつけた。
「いやね、かわいい後輩がさー。彼氏の不誠実さで悩んでるみたいだったから」
及川さん親切なんだよね、と言って及川はぽんぽん、と自分の隣の空いている席を叩いた。
「とりあえず、花巻、お前も一回座れ。話はそれから聞く」
岩泉の低い声に、花巻は観念して席に着いた。
「俺が遅刻してしまうのはですね」
「うん」
「母方の祖母の父に沖縄の血が入ってまして」
「おう」
「沖縄タイムなんですよね」
「コロス」
「待って待って!」
座席から身を乗り出して花巻に殴りかかろうとする国見を、岩泉は抱きしめるようにして止めた。花巻は溜め息を吐いて、「だってさぁ」と不満げに頬杖を付いた。
「俺あんま時間気にしないからさぁ……それは国見にも言ってあったじゃん」
「でもマッキー部活遅れたことなかったでしょ?」
「そういうのはしっかりやるの。でも遊びの待ち合わせとかは、別にいいかなって。俺は相手が遅れても気にしないし」
「でもレストラン予約してたのに間に合わなかったらさすがに国見も怒るだろ」
「それは大変申し訳ないとオモッテマス。でもそもそも俺レストラン予約してるとか聞いてなくて」
知ってたら遅れたりしないって、と言う花巻に、岩泉は
「そりゃ国見からの就職祝いのサプライズなんだから言わないだろ」
「スミマセン」
「どれくらい遅れたの」
「一時間半」
「一時間四十五分」
国見の訂正に花巻は小声で細かい、と呟いた。向かいに座っていた国見はそれを耳ざとく聞きつけて「あぁ?」と凄んだ。そのやりとりに及川はにっこりと笑って、
「まぁそんだけ仲良しなら大丈夫そうだね」
と、言ってビールを注文した。
「国見ちゃん、ムカつく奴のことは飲んで忘れちゃお」
「こいつまだ飲ませんの……」
花巻はすっかり目が据わってしまっている国見を指さして及川を見た。及川のペースで飲まされたら、国見でなくてもすぐに潰れてしまうだろう、と天を仰いだ。
一時間ほどすると、すっかり国見は潰れてしまって隣に座った岩泉にぐったりともたれかかって眠っていた。
「寝てる国見ちゃんかわいー」
及川は最後の焼酎をぐいっと飲み干しながら、国見の頬をツンツンと突いた。その手をパシッと払いながら、岩泉は国見を抱え直して花巻を見た。
「お前一人で連れて帰れるか? 俺も送ろうか?」
「えー、岩ちゃん俺と帰るって言ってたじゃん!」
「いや、いーよいーよ。起こして引きずって帰るわ」
花巻の返事よりも大きな声で不満を訴えた及川は、岩泉に容赦なく殴られて座敷に転がった。その体を足先で突きながら、花巻は今日初めて真面目な声を出した。
「てかさ、国見俺のことなんて言ってた? マジで怒ってた? もう無理とか言ってた?」
「国見はそんな」
「だーめ! 岩ちゃん! ないしょないしょ!」
自分で聞きなよ、と言って及川は畳の上に寝転がったまま、下から花巻を見つめて笑った。
「及川そのアングルめっちゃエロいよ。誘ってる?」
「やだーマッキーがさかった!」
「お前そういうこと言うから国見が怒るんじゃねーの……」
岩泉は腕の中で心地よさそうに眠る国見を憐れんだ。
「こらー、国見、寝るのはまだ早いぞ。もうちょい頑張れー」
「んぅ……」
寝息のような返事をした国見は、花巻に支えられてなんとか一歩を踏み出す。ズルズルと半ば引きずられるように狭い部屋を通り抜け、ベッドの上にどさっと落ちた。
「服脱がすぞー」
「さわんな……」
シャツのボタンに伸びた花巻の手をパシッと弾いて、国見はごろりと向こうへ寝返りを打った。おいコラ、という花巻の声は、深い眠りに落ちていく国見の耳にはもう届かなかった。
「あー……みず」
後ろのベッドで聞こえる静かな寝息が止まったと思ったら、ガラガラの声がそう言った。
はいはい、と返事をして冷蔵庫からペットボトルの天然水を取り出して、未だベッドの上で唸り声を上げる国見に手渡した。
「……連れて帰ってくれたんですか? すみません」
国見は水を飲んで落ち着くと、開口一番そう言った。花巻は居た堪れなくなって、国見から目を逸らした。ベッドを背もたれにして床に座ると、国見がもぞもぞと動く気配だけが伝わってきた。
「あのさぁ」
国見が起きているか確かめるように、花巻は背後の気配を窺った。先ほどまでゴソゴソと動いていた気配がピタリと止まったので、花巻はそれを話を聞くという意味に解釈して言葉を続けた。
「俺の会社、住宅補助出るみたいなんだよな。だからさ、三月中にもうちょいいい部屋に引っ越さねぇ? 国見の大学からも近くて、俺の会社にも近いとこでさ、結構便利なとこあるんだよ。こないだ物件見ててさぁ。それで待ち合わせ遅れたんだ。言い訳にもならないんだけど。本当にごめん」
そこまで言って、花巻は国見の気配を窺う。何も反応がないので、一拍置いてもう一言続けた。
「俺、ちゃんとお前のこと好きだよ」
「……わかってますよ」
もぞもぞと布団を蹴るような音が聞こえて、花巻は耐えられずに振り返って国見を見た。国見も花巻を見ていた。そうか、よかった。花巻は独り言のように呟いて、国見の体をぎゅっと抱きしめた。
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私は10RTされたら、花国の「もう、…おっせえんだよッ!!」で始まるBL小説を書きます!d(`・ω・)b (twitter診断メーカーより)