雑踏の向こう、待ち合わせ場所によく使われる石像の前で、人混みの中で頭一つ分飛び出た岩泉一が、きれいなストレートの茶髪を耳にかけた女性に声をかけているのが見える。及川徹はカフェのテラス席で足を組み替えながら、肩肘を付いてそれを眺めていた。ここからはもちろん岩泉たちの会話は聞こえない。けれどその仕草からなんとなく、その場の状況が推察できた。ニヤニヤと笑みがこぼれるのを堪えきれず、及川は口元を掌で覆った。岩泉が困ったように頭をかいて、ちらちらとこちらに視線を向けつつも、女性に何事か言う。及川はそれを、手持無沙汰に勝手にアテレコをして楽しむ。
「あの、すみません。ちょっと、その、今いいですか。あの、その暇ですかって意味で……」
「え?」
急に声をかけられた女性は、岩泉の身長の高さに一瞬面食らったような顔をする。岩泉も、もちろん及川も、身長が高いし、それにバレーをやっているから人一倍体もがっしりしている。実際の身長よりずっと高く見えるだろう。
「あの、いや、待ち合わせっすよね。暇じゃないですよね……。その、もしよかったら、俺と連絡先交換とかしてくれません、か……」
しどろもどろになりながらそう言う岩泉が想像できて、我ながらなかなかうまいアテレコだと笑ってしまう。女性が何事か答えながら、鞄からスマートフォンを取り出して、そして岩泉もスマートフォンを取り出す。二人は顔を付きあわせてしばらくスマートフォンをいじっていたが、最後には一礼をして、岩泉は女性の傍を離れた。一分もせずにすぐ岩泉が及川の椅子の背をその大きな足で蹴った。
「おら、ナンパしたぞ。満足したか」
「ね? 俺言った通りでしょ? 岩ちゃんかっこいいもん。絶対ナンパ成功するって思ってた。さすが俺の彼氏だね~」
にこにこと満面の笑みでそう言う及川に、岩泉は溜め息を吐いて、隣に座る。
「俺はナンパなんてしたくない。お前がいい。この人とも連絡しねーからな」
最後の言葉は、スマートフォンを及川に向けて振りつつ、今連絡先を交換した女性のことだと暗に告げる。
「うん、そうして」
及川は当たり前のことのような調子でそう答ると、伝票を持って席を立つ。今日はこれから岩泉とデートの約束だった。空は高く澄んで、陽射しは適度に暖かく、風も強くない。今日は一日晴れの予報で、絶好のデート日和だった。