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「だれ」

「ほらー、あの、細いモアイみたいな顔の」

 及川は名前が思い出せないのか、そもそも知らないのか目線を右斜め上に逸らして思い出そうとした。及川はその目立つルックスとバレー部での活躍から、学校一の有名人である。学年や性別関係無く、及川のことを知っている人間が多い。きっと話しかけてきた相手の名前を知らなくても、適当に話を合わせたりすることは多いのだろう。

「お前なぁ……」

 岩泉が嘆息して言った。

「他人の顔を変なモノに例えるなよ」

「なんで?だって岩ちゃんもすぐ『あーあいつか」ってわかったでしょ?」

「そうだけど……そういうことじゃなくて」

「なんでだめなの」

「だってモアイなんてブサイクだって言ってるようなもんだろ。自分が顔がいいからって、性格悪く見えるぞ」

 岩泉は声を落として言った。昼休みの教室は騒がしかったが、あまり大きな声で友人を注意するのも憚られた。しかし、それに対して及川はあっけらかんとした様子で「そんなことないよー」と言って笑っている。

「岩ちゃんがあいつのことブサイクだって思ってるから、そんなこと思うんだよ!俺は別にあいつの顔がブサイクでもかっこよくてもどうでもいいし」

 そうだろうか。そう言われてみればそんな気もするし、けれど及川の屁理屈のようにも思えた。及川はその巧みな話術で実際にはそうでないことも事実のように思わせてしまう節があった。だから、及川の言葉にうまく丸め込まれている気もしたし、実際及川の言うとおり岩泉自身があいつの顔を悪く思っているから及川の言葉にも過剰に反応してしまうようにも思えた。岩泉にはどちらが正しいのか判断できなかった。黙ってしまった岩泉を見て、及川は笑った。

「岩ちゃん、俺は案外性格がいいんだよ?優しいとこ、あるでしょ?」

 岩泉は、及川が優しい奴だと知っていた。けれど、性格がいいかどうかは、返答できなかった。優しい奴がイコールいい奴だとは限らないと、岩泉一は重々承知していた。

 

 

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