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 *本番はしてません

 

 

 

 外ではセミが泣き喚いていて、耳鳴りのように頭の中で鳴り響いていた。じわじわと茹だるような暑さは、頭の芯から溶かしていって、目の前の出来事が夢の中の話のようだった。夢の中では、俺の意思なんてなくて、ただただ物事が進むのを見ているだけだ。頭がぼーっとして、耳鳴りはこの狭い世界の外の音をかき消した。

いつから見つめ合っていたのかわからないくらい、ずっと岩ちゃんの目を見ていた気がする。岩ちゃんも俺の目を見ていたけれど、その目にはうっすら水の膜が張ったようになっていて、俺の姿もぼやけて映っていた。きっと岩ちゃんの頭も、この瞳のようにぼーっとしているんだろうなぁとぼんやり考えた。

 「及川」と岩ちゃんが呟いた気がした。でも酷い耳鳴りでよく聞き取れなかったし、今は体の芯が熱くてどうしようもなくて、それどころではなかった。岩ちゃんの短いつんつんした髪が、きれいな形の耳が、その下の筋張った首筋が、その筋に沿って流れる汗が、どうしようもなくおいしそうに思えた。俺の手は知らない内に自分の股間に伸びていた。いつも一人でそうやっているように、自然に伸びた右手はハーフパンツの上から優しく擦るように揉む。あぁ、すごい。堪らない。俺はぺろりと舌なめずりをした。目の前の岩ちゃんは、ごくりと生唾を飲んだ。膨らんだ喉仏が唾液を嚥下して上下に動いて、その中の声帯は「おいかわ」と舌っ足らずに震えた。その余裕の無い声でさえも俺を煽って、そんなわけないのに、岩ちゃんからはセックスの匂いがするようだった。まるで雄のフェロモンを嗅ぎ取る動物のように、俺は岩ちゃんのえっちな気持ちを嗅ぎ取っていた。

岩ちゃんの体はじりじりと俺に詰め寄ってきて、もう後10センチ程で唇が重なりそうな距離だった。岩ちゃんのはぁはぁと荒い息が俺の顎をくすぐって、堪らずにふふっと声が出た。それを合図にしたように、岩ちゃんは俺の喉に吸い付いた。顔を伝って流れ落ちてきた汗でしょっぱくなった首筋にじゅるじゅると音を立てて吸い付く幼馴染は獣のようだった。柔らかくざらついた舌が荒々しく首筋に吸い付くのがたまらなくて、俺はびくびく震えながらハーフパンツの上から擦る手の速度を上げた。

「ぁ、あぁ、ふぅっ……」

「おいかわ、おいかわ」

 俺の声帯は音を発することを諦めてただひたすら空気を絞り出すばかりだった。岩ちゃんは俺の首筋にむしゃぶりつきながら、俺の肩口を抑えて壁に固定していた手を右手だけ離し、そのままぐいっと俺のハーフパンツの中に入れた。それだけのことなのに、俺は岩ちゃんに触られるという事実に興奮して、体の中がゾクゾクと震えた。突然の刺激に体は逃げるようによじれたが、岩ちゃんの左手が俺の肩を壁に縫い付けていたのでまともに動くこともできず、「ひっ」とひきつった音を出して震えるだけにとどまった。汗と先走りで俺のボクサーパンツは見るも無残に湿っていた。でも岩ちゃんの体も俺の体も、この夏の暑さと非日常の出来事に興奮してびしょびしょに湿っていたので、多少パンツがぐしょぐしょになっていようとお構いなしだった。岩ちゃんは躊躇いもなく俺のパンツの上から性器をぎゅうぎゅう揉む。俺は気持ちいいところを外した少し痛いような刺激に頭がぐらぐらした。岩ちゃんは俺の股間を揉みしだきながら、耳元で相変わらず「おいかわ、おいかわ」と譫言のように呟いた。熱い息が耳を掠めて、俺は反射的に避けようとして頭をゴン!と後ろの壁に強か打った。それでも、その大きな音も、じんじんとした痛みも、俺の頭を正気に戻すには足りなかった。俺は荒い息を深呼吸で整えて、少しはっきりした頭でもって岩ちゃんを見た。

「岩ちゃん」

 獣のように俺の体を貪っていた岩ちゃんは、忠犬のように俺の声に反応して目線を合わす。

「ねぇ……一回だけ。一回だけしよっか」

 俺の脳みそはとっくにとろとろになっていて、幼馴染でしかも同性の親友とこんな行為に及ぶことが正しいのかどうか、もう考えることも出来なかった。至近距離で見つめた岩ちゃんの瞳は興奮で潤んでいて、顔は真っ赤に紅潮していた。きっと俺も同じだろう。

岩ちゃんは俺の言葉に「ん」と言うと、そのまま顔を近づけて俺の唇を貪った。お互いの舌が絡み合い、唾液が溢れて俺の顎を伝った。呼吸の合間に俺は、何度も「一回だけだから」「これっきりだから」「もうしないよ」と言い訳のように呟いた。岩ちゃんはその度に「わかってる」「これっきりな」「うん」と律儀に返事をした。いつのまにか岩ちゃんの右手がハーフパンツを下着ごと引き下ろして、俺は邪魔な衣服の残骸から片足だけでも引きぬこうと無意識に身をよじった。岩ちゃんはその間に自分のズボンも下着ごとずりおろして、壁にもたれかかる俺に覆いかぶさるように密着して、俺の股間に自分の股間をすりつけた。今日は今年一番の猛暑日だった。

 

 

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