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さいごのアイスクリーム

 

 影山が風呂上りの楽しみの取っておいたアイスクリームは、ほんの10分目を離した隙に跡形も無く消えていた。

「及川さんちょっと!!」

 バン、と大きな音を立てて開かれたドアに、中にいた及川はビクッとして突然の訪問者を見た。そして口にくわえたスプーンを手に持つと、眉を顰めて怒気を込めて影山の名を呼んだ。

「あのねぇ~、飛雄ちゃん?他人の部屋に入る時はノックして返事があってからって及川さん口をすっぱくして教えたはずでしょ~?」

 しかし、当の影山は部屋の入口に立ち尽くしていてまるで反応が無い。及川は不思議に思って影山の名前をもう一度呼んだ。

「ちょっと飛雄? なんか用があったんじゃないの?」

 しびれを切らした及川が「おいこら無視かよ」と柄の悪い地元の先輩のような声を出した頃、影山は喉を振るわせてやっとのことで声を出した。

「それ、その……」

 影山の震える指は、及川の手元を指していた。及川が自分の手元を覗き込んで

「これ?」

 と、指さしたのは、自分の座っているデスクの前に置かれたノートパソコンである。及川は、影山が部屋にやってくる前まで、シャワーを浴びて髪を乾かして、パジャマに着替えて寝る前の自由なひと時をYOUTUBEで動画を見ることに使っていた。

「じゃなくて、そのカップ……」

「これ? いちごのアイス。おいしかったよ~。新商品かな?」

「そ、それ! 俺が!」

「うん、お前が買ったんでしょ。だって俺買った覚えないし。俺とお前しかいない家で俺の買ってないものをお前が買ったんじゃなかったら誰が買ってきたんだよ。怖い話かよ」

 夏だしなぁ、と及川は付け足して、あっけらかんとしている。影山はそこまでわかっていてこんな態度を取る及川徹という男が、本当に心の底からわからないし、これ以上何を言っても無駄な気がして、黙って部屋を後にした。その日の夢にはいちごのアイスクリームがたくさん出てきたので、起きたら少し溜飲が下がった。

 翌日遅くに帰ってきた及川はかわいいお姉さんに奢ってもらえた~と酒臭い息を吐きながら、ふらふらと影山にしがみついて、

「お金浮いたからこれ買ってきた。かっこいいお兄さんからお前にプレゼント」

 と言ってコンビニのビニール袋を渡した。中にはいちご味のアイスクリームが入っていた。影山はそれを酔っ払いのかっこいいお兄さんと分けて食べた。いちごのアイスは想像したほどおいしくはなかった。だけど酔っぱらってむにゃむにゃと甘えた声で謝罪する及川はすごくすごくかわいかった。

 

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