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デートDVダメ絶対!

 

 

 

 汗の匂いと制汗スプレーの爽やかすぎる匂いの入り混じった部室では、鼻が利かなくなる。練習後の汗で湿った髪も、濡れて重くなったユニフォームも、全部が不快に感じる一日の終わり。皆が皆、さっさと帰って温かい夕飯にありつきたいと思っていた。一人を除いて。

「メークインみたいな名前の猫いるじゃん」

 白の肌着に頭を通しながら、唐突に及川が言った。それは誰とも無しに語られた言葉だったが、及川が何か突飛なことを言う時、その相手をするのは岩泉だと暗黙の了解で決まっていたので、長時間の練習で疲れていたが、岩泉は渋々答える。

「いねぇよ。じゃがいもだろが」

 この時間になるとさすがにキレのいいツッコミというのも難しくなってきており、岩泉の声のトーンは低く、明らかに面倒だと言うのがわかる声色だった。

「いるよ!」

 ロッカーのガン、と手を付いて、隣の岩泉を怒ったような顔で見つめる及川に、そこまで怒ることか、と思いながら岩泉は睨み返す。その間もシャツのボタンを留める手は休まない。とにかく早く帰って夕飯を食べてシャワーを浴びて寝たい。それが今最も望むことだった。

「うっ、こわい! もっとちゃんと構ってよ!」

「うるせぇ、お前がこんな時間にわけわかんねーこと言うからだろ。朝にしろ、朝に」

 朝なら構ってやるし殴ってやるしボールもぶつけてやる。岩泉が面倒そうに顔の横でひらひらと手を振っても、及川はしつこかった。

「いるんだってー!」

 大きな声でごねる及川に、これはしっかり構うまで終わらないかもしれないと、岩泉は内心溜め息を吐く。

「岩泉、及川が言ってんのね、いるよ。メインクーンだわ」

 さっさと着替えた花巻がクラブバッグの前ポケットからスマートフォンを取り出しながら言った。岩泉が隣を見ると、松川も既に着替えており、後は及川と岩泉を待つだけのようであった。

「あー、それ! ほらね! いたじゃん!」

 俺言ったでしょ?と小首を傾げる及川の、汗で少し濡れた髪を払うようにして軽く叩く。

「おー、いたな。いいからさっさと着替えろ。松川と花巻待たせてんぞ」

 岩泉も着替えを終え、クラブバックの中のごちゃごちゃのタオルやジャージを詰め直す。

「みんなはやーい」

 及川は慌ててシャツをズボンの中に収めて散らかったジャージやタオルをバッグの中に突っ込んだ。及川が遅いのはいつものことで、レギュラーになってから一緒に自主練をするようになった岩泉と松川と花巻にとって、及川の着替えを待つのはお決まりの光景になっていた。

「で、メインクーンがどうしたの」

 松川が古いベンチに腰掛けながら尋ねる。待ちくたびれたのか、スマートフォンのゲームで遊んでいるらしい。ピコンピコンと連鎖をするかわいい機械音が聞こえる。

「え? べっつにー。お馬鹿な岩ちゃんは知らないだろうなーと思って及川さん教えてあげようと思ったの」

「おう、避けんなよ」

 岩泉が拳を鳴らすと、及川は大げさなリアクションで騒いで花巻の背中に隠れる。

「見た? マッキー。これが今話題のデートDVってやつ!」

「さっさと着替えなさい」

 花巻に頭をガシッと掴まれた及川が大人しくなったのを見て、岩泉は及川の荷物を開いていたバッグに突っ込んで立てつけの悪いロッカーをガン、と閉めた。甘やかしているつもりはないが、小学校からの付き合いで着替えの遅い及川を手伝う癖が付いているのだ。忘れ物が無いか後ろのベンチを確認して、親切にバッグの口を閉めてから、岩泉は自分がまた及川を手伝ってしまっていたことに気付いた。

「ほら、DV彼氏が片付けしてくれたみたいだし帰るよ、及川」

 松川がよっこらしょ、と年寄じみた声をかけながらベンチから立ち上がる。

「わーい、岩ちゃん荷物持ってくれるの?」

「もたねぇよバカ」

「DVする人って暴力のあと優しくするらしいよ」

 反撃を恐れ言い捨てて逃げる花巻の後姿に、「ちげーよ」と叫んだが、追いかける体力も無かった岩泉は、手近な及川の頭をぺしっと叩いた。

「いだっ。俺悪くなくない!?」

 騒ぐ及川のバッグの前ポケットから部室の鍵を取り出して押し付ける。合鍵を作りすぎて鍵穴の悪くなったドアに及川が格闘している間、岩泉は及川のクラブバッグを持って待っていた。

 

 

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