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青城レギュラー×及川で影及要素もあります。誰も幸せじゃないです。

元ネタ「長年皆でちやほやしてきたオタサーの姫を1日でイケメンに食われた…」というまとめです。検索してみてね!

 

 

 

 

 しにたい、と俺は小さな声で呟いた。絶望から自然と出た言葉だった。現実を受け入れることが出来なかったし、実はまだほんの少しだけ夢かもしれないとも思っていた。

 俺の幼馴染の及川徹は、幼少時代、それはもう天使のようにかわいかった。俺は初めて及川少年を見た時、なんてかわいい女の子だ!俺のお嫁さんになってほしい!純粋にそう思った。後からわかったのだが、及川は男だった。その時の俺の気持ちといったら。想像を絶する悲しみであった。つまり、少年・及川徹を初めて見た時、それが俺の初恋だったのだ。あの頃の少年・岩泉一は純情で、そうして今の岩泉一はバカが付くほど純情なのであった。初めて及川徹を見た時のときめきを、俺は今でも抱えていて、だから変わらず今も、俺は及川徹を想っているのだった。

 

 

 似合わないって笑ってくれ。俺たち、つまり、俺と松川と花巻と金田一と国見、それから俺たちが日々ちやほやしまくってまるで姫のように扱ってきた及川の6人は、ある日バーに行ったんだ。でも、今思えばもう既にそれが間違いだったんだ。いつもみたくバレーして、及川に女の子呼んでもらって合コンして、今回の戦果も散々だったなーって笑いながら宅飲みして。そんなのでよかったのに。

 俺たちが行ったバーはいわゆるスポーツバーってやつで、でもその日は日本代表戦とかなかったから、待たずに入ることが出来た。待ち時間なんてあったら及川が駄々をこねて大変だったろうから本当によかった。

 周りにはリア充が溢れてて、でも俺たちはそんなこと気にせず楽しく飲んでたんだ。そうしたらマスターのおしゃれひげ生やしたおっちゃんが、及川に「かわいいねー!」とか「モテそうだねー」とか声かけてきて、及川も褒められて満足そうにしていた。及川は自分の容姿が抜きんでて整っていることを知っていたし、もう何年も俺たちを侍らせてたもんだからすごく我儘になっていて、誰でも彼でも、自分を見て褒めない人間が大嫌いだった。だけど、こうして初対面の人間に容姿を褒められるとそれはもう上機嫌になって、その時はとても可愛いのだった。

 そうしている内に、マスターが及川をはさんで俺たちの反対隣りにいた黒髪の男に、「な、影山くん。この子きれいな顔してるよな?」って話を振ったんだ。影山と言われた男は、ちらっとこっちを見て「そうっすね」と言っただけだったのに、そこからは及川の怒涛のラッシュだった。影山くん、下の名前なんて言うの。スポーツしてるの?え、バレーボール!?俺もだよ!俺のこと知ってる?とそれはもう嬉しそうにどんどん質問した。

 影山飛雄と名乗った男は「知ってます。及川さん。あんたのバレーすごい」ってこれまた無愛想にぼそっと言っただけだった。それでも及川は見るからに目をキラキラさせて、ポジションは?俺もセッターだよ!影山くん、俺のことかっこいいと思う?どう?どんなのがタイプなの?バレーうまい人?それって俺じゃん!俺のこと好き?と酒の勢いもあるのか、もうそれは俺たちが口を挟めないほどだった。

 俺たちもさすがに感付いて、これはやばい、なんとかせねばとどうせ何の名案も思い付かないのにコソコソと話し合った。国見なんて普段顔に表情が出ないくせに、影山この野郎という殺意のような感情がじわじわと滲み出ていた。金田一は半泣きだった。

 そうしたら及川がとうとうあの質問をした。

「影山くんさ、彼女とか、彼氏とか、そういう人いるの?」

「います。同じ大学でセッターやってる先輩」

「ふーん。彼氏か」

 影山はさらっとそう答えた。俺たちはそれを聞いてすぐに掌を返して影山をいい奴だと褒め称えた。俺たちが影山飛雄という無愛想な男を、ただの人見知りするだけの目つきの悪いイケメンなんだと理解した頃に、マスターが「影山くんも一緒に飲ましてやってくれよ。彼この通り愛想悪いからいつも一人なんだ」と言った。そうして俺たちは7人で飲むことになったのだった。

 こうして話してみると影山は無愛想だから第一印象が悪いだけで、普通にいい奴だったんだ。あまり自分からは話さなかったが、俺たちの話を一生懸命聞いてくれたし、それに俺たちにはバレーという共通点があった。影山はバレーの強い大学にバレーボールの推薦で入った一年生で、だから俺たちは同じレベルでバレーを語ることが出来た。それがとても楽しかった。

 

 なんだかんだと盛り上がって、気付けば夜も更け、もう終電も無くなっていたのでタクシーを呼んだ。

一台目に俺、及川、イケメンが乗って、二台目に松川、花巻、金田一、国見が乗った。

 家の近い順に下りていくので、俺が一番初めに降りることになる。正直少し心配だったが、その頃には俺は影山に対して悪い感情は少しも持っていなかったし、酒も回っていたから「及川をよろしく頼む」なんて言ってタクシーを降りたのだった。

 

 

 そうして翌日。俺と金田一と及川は昼から三人で会う予定があった。俺が待ち合わせ場所に着くと、既に金田一が来ていた。俺が「及川は?」って尋ねると、金田一はちょっと眉を寄せて「それが連絡取れないんですよね」と言った。その時はまだ最悪のシナリオを想定できずにいた俺たちは「昨日の今日で寝てんだろうなー」とか言って笑っていた。及川からの連絡を待ちながら、俺たちはスポーツ用品店などをぶらぶらと見て歩いた。

 二時間くらいして及川から連絡があった。「いま飛雄と一緒にいるんだけど、飛雄も連れて行っていいー?」といういつもの間延びした声だった。遅刻に対する謝罪もなかった。及川は再度「だめ?」と言った。電話越しで声しかわからないが、こういう時の及川は首を少し傾げてかわいらしく上目遣いをするのだった。及川を綺麗だ、かわいい、と褒めて、我儘を聞いてちやほやするだけの俺たちに断るという選択肢は無く、俺は震えそうになる声を堪えて「おう、気を付けて来いよ」と言った。俺の背中を冷や汗が伝った。及川はたった一晩で影山のことを名前で呼ぶようになっていた。

 

 影山と及川が着くと、影山がよく行くというカフェに入った。及川はまるで当たり前のように影山の隣に座った。影山は少し眉を寄せた。けれど何も言わなかった。

注文した飲み物が来ると、及川は自分の紅茶に砂糖を1袋とミルクを一つ入れた。そうしてコーヒーを飲む影山に「飛雄、飲む?」と言って自分の紅茶を差し出して「飛雄のもちょうだい!」と影山の返事を待たずにコーヒーを奪った。

 俺は内心穏やかではなかったが、いったい何を言っていいのかわからずに、けれど沸々と湧き上がる怒りを感じていた。机の下で拳を握りしめていた金田一が、貼り付けたような笑顔で切り込んだ。

「なんだ、仲良くなってますね、及川さん。恋人みたいっすよ」

 金田一は及川に対して夢を抱いていた。性格が悪くてもカリスマ性のあった及川は人心掌握術に長けていて、二つ年下の金田一はすっかり及川に心酔していたのだった。きっと、及川が冗談で言った及川さんはトイレなんかしない、という言葉を真剣に信じているだろう。

「まぁねー。ね、トビオちゃん」

 そう言って及川は影山の手に自分の手を重ねた。俺はとうとう確信した。そして頭が真っ白になった。

 影山は及川を見ずに、困った顔をしていたが、一分ほどの沈黙の後「俺、帰ります」と言って席を立とうとした。俺は無意識に立ち上がってそれを制した。

「ちょっと話があるから座れよ」

 そして及川を見た。及川は目を見開いて影山を見ていた。その目には、影山の拒絶に対してのショックが溢れんばかりに表れていた。俺はこの期に及んで、及川のことを可哀想だと心の片隅で思った。

 及川はバカだった。ずっと俺たちにちやほやされて、まるで世界の全ての人間が自分にそうしてくれるかのように勘違いしてしまったのかもしれない。及川は影山のアパートに行って、彼氏がいるからという影山に、それでもいいから、と迫ったと言った。それで恋人同士になれると、本当に思っていたのだろうか。及川は俺が見たことのないような顔をしていた。そして俯いて小さくなっていたのが俺の見た最後の姿だ。

この顛末を聞いて、松川と花巻は泣いていた。いつも感情が高ぶらない国見は激怒していた。俺はもう及川に会っていない。これからも会うつもりはない。

 

 

 

 

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