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「岩ちゃんそれちょーだい!」

「うぜー」

 戦術や紅白試合の結果をメモしたバインダーで顔をパタパタ扇ぎながら、岩泉は目を凝らすようにして空を見つめた。夏真っ盛り、風通しの悪い体育館で何時間も練習した日には、暑いのは全部あの太陽のせいだ、と恨めしく思ってしまう。しかも太陽の南中しているこの真昼を過ぎると地熱が最大になる13時、空気が温められ気温が最高になる14時、と午後は更に暑くなるというのに、この休憩の後には、午前よりも更に長い時間の練習が待っているのだ。考えれば考えるほど嫌になる。せめてもうちょっと涼しければ気分よくバレーが出来るのに、と岩泉が考えている間に、及川は凝りもせずにベンチに腰掛ける岩泉の前に座りこんだ。

「岩ちゃん、会話のキャッチボールって知ってる?」

「うぜー」

 この暑いのに幼馴染であり、同級生であり、バレー部の主将でもある及川は常と変わらずご機嫌なようで、「俺へのツッコミ雑じゃない?」などと騒いでいる。邪険にしようが無視しようが少々手荒に扱おうがこの男は変わらず飄々としているのだった。

「ねぇ、岩ちゃん」

 日陰で座っているだけなのに額から汗が滴り落ちるのが不快で、岩泉は顔を天に向けたまま目を瞑って、目の前の幼馴染の存在をシャットアウトする。

「アイス溶けちゃうよ」

 確かに、アイスが溶けてしまう、と岩泉は現実逃避をやめてソーダ味のアイスキャンデーを口元に持って行ってから、ふと昨夜見た映像を思い出した。愛用のパソコンでお気に入り登録しているエロサイトで見つけた好みのタイプのAV女優。ゆるくカールした茶色のショートヘアとぱっちりとした瞳がとても可愛らしかった。その女優が口いっぱいに男性器を含まされ、「ひゃら」とか「ひゃめて」とか咥えたままで必死に懇願するのが岩泉の嗜虐心を煽り、どうしようもなく興奮した。そうして昨晩は大変濃い物を放出したのである。

 そんな回想をしていると、及川が「アイス食べないなら俺がもらってあげるよ」と岩泉の前で胡坐をかきながらへらへら笑って言った。暑さで苛々していた岩泉には、いつものその笑顔が無性に腹が立って、昨夜の嗜虐的なAVの回想も手伝って、この綺麗な顔の幼馴染を泣かせてやりたい、と思った。そしてその衝動のままに、岩泉は及川の口にアイスキャンデーをぐいっと突っ込んだ。

「ほらよ」

「うぶっ!」

 及川は急なことに驚いて、岩泉のアイスキャンデーを持つ手を掴むが、岩泉は突っ込んだアイスキャンデーから手を離さずに、黙って上から見下ろした。

「いわひゃん……」

 いつもと違う岩泉に何かを感じ取ったのか、及川は抵抗もせずに岩泉を見上げて固まっている。その表情には混乱と、戸惑いと、少しの不安が浮かんでいた。舌足らずに名前を呼ばれて、岩泉の心はザワザワと波立った。

「いわひゃん、ひゃめて……」

 及川は岩泉の手に自分の手を添えたまま戸惑った表情でこちらを見上げていた。溶けたアイスが及川の口元から垂れて、顎を伝った。岩泉はゾクゾクと快感が腰から上がってくるのを感じていた。そう言えば昨日見たAV女優はこいつに似ていた、と岩泉は初めて気が付いた。

 

 午後の練習が始まることを告げにやってきた花巻は、二人の姿を見た瞬間に全てを察して、「変態」と呟いて踵を返した。及川と岩泉は練習に遅れて監督とコーチにこってり絞られたし、いつも仲の良い花巻が何を言っても二人を無視するので午後の練習は散々だった。

 

 

 

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