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オメガバース設定ですがオメガバースの世界観をぶっ壊していますので注意。

妊娠出産してます。ギャグと思って読んで下さい。

 

 

 

 この世界にはたくさんのルールがある。憲法があって、法律があって、市や学校や会社ごとの規則があって、マナーがあって、道徳がある。世の中はややこしい。これだけたくさんの決め事があるのに、長い人類の歴史の中で世界が平和だったことなんて一度も無い。いつでもどこかで誰かが争っていて、弱い者が死んでいる。強い力を持った者が、持たざる者から全てを奪い、社会はピラミッド型の階級制度で成り立っている。仮初の秩序をまるで恒久的な平和とでも言うかのように、大人は自分の目に見える範囲だけを見て平和だ幸福だと言う。こんなに混乱しきった社会のどこが先進国なんだろう。

 それでも大人は社会の粗に目を瞑って、子供に夢を持て、努力しろという。持てる者と持たざる者、それは本人の努力でどうにかなるものだろうか。この世界は混沌としている。そしてこの混沌の根源には、生まれながらにしての階級制度、α、β、Ωの性別がある。

 αは持てる者。生まれながらにしての勝ち組。能力があって、男女関わらずΩ性を妊娠させられる。Ωのフェロモンを前にすると、理性をなくして襲いかかるケダモノ。

 Ωは持たざる者。弱くて可哀想な社会的弱者。思春期になると三か月に一度の発作があり、αを引き寄せるフェロモンを出す性の奴隷。男女の性に関わりなく妊娠する。

 βは中流階級。能力ではαに敵わないけれど、Ωに比べたらよっぽどマシ。最もたくさんいるフツウの人々。上には上がいるけど、下を見て暮らせばつらくてもやっていける。よかったΩに生まれなくて!

 こうやって社会は成り立っている。Ωがどんなにつらい目に合おうと、特権階級のαのすることなら仕方ない。αだけでなく、最も分母の多いβたちまでそう思ってるんだから、世界は混沌を極めているのだ。

 αとΩは男女の性に関わらず番になるための運命の相手を探したり、その影におびえたりして生きている。βたちはどれだけ愛し合っても、同性ならば結婚も出産も出来ない。

 βに生まれた俺は幸せかもしれない。けれど、俺はβだから愛する人と結婚して子どもを授かることが出来ないのだ。αとΩの同性カップルが、望まない番になって子どもを授かるのを傍目に、俺は喉から手が出るほど、決して手に入らない愛する人の子どもを望む。それって幸せな人生って言える?俺たちはいつだってがんじがらめなのだ。それでも、希望と絶望はいつでも隣り合わせで存在する。

 

 

 物心ついた頃から、俺は幼馴染のことが好きだった。好きの意味を深く考える前に、俺たちは子ども特有の好奇心でキスをしていた。だから、いつからそういう意味で好きだったのかと聞かれても、俺にはわからないし、岩ちゃんも答えることは出来ないと思う。

誰かに呼ばれたような気がして目を覚ますと、目の前に岩ちゃんの顔があった。岩ちゃんはしゃがんで俺に目線を合わせながら、

「飯買いに行ってくる。風邪ひくからそのまま寝てんなよ」

 と、怖い顔をして言った。岩ちゃんはいっつも眉間に皺を寄せて俺を怒る。たぶん照れ隠しなんだろうけど、そんな怖い顔しても言ってる内容は俺の心配なんだから、可愛いすぎるしやめてほしい。

「俺パスタ~。あさりのコンソメにしてね」

「わーったからせめてパンツくらい穿け」

 岩ちゃんが床に落ちていた俺のパンツを拾って放り投げる。ふわっと浮いたパンツは軽さゆえにイレギュラーな動きで俺の顔の上に落ちた。

「ちょっと、汚いよ!」

 俺のパンツだけど。岩ちゃんは背中を向けたまま「行ってくんな」と言って手を振ると寝室を出て行った。しばらくしてバタン、と玄関のドアの閉まる音と鍵をかける音がして、俺はこの家に一人きりになった。

 岩ちゃんに渡されたパンツを穿いて、一人事後の余韻に浸る。岩ちゃんとのセックスは、世界で一番気持ちが良いと思う。経験したことがないからわからないけれど、運命の番になるαとΩのセックスよりずっと凄まじい快楽だと思う。ビリビリ痺れるような、頭がこんがらがって何もわからなくなるような、気持ち良くて体がふわふわと浮いてるような、それでいて全身が鉛のように重くて言う事を聞かないような、いつもの自分ではなくなるような、それはもうとてつもなく気持ちいいセックスだ。

 この世界には同性の夫婦はたくさんいる。でも全部αとΩだ。その中には運命の番に出会う前に別に恋人がいたのに本能に逆らえなくて番になってしまった可哀想な人たちもいる。人間は理性があるから獣とは違うのではないのか、と言いたくなるような理不尽な世の中だ。俺はこんな世界が大っ嫌いだ。不公平だし、絶対おかしい。それに俺は、β同士だからという理由で岩ちゃんと結婚できないなんて納得できないし、生物学的に無理だとわかっていても岩ちゃんとの子どもが欲しい。岩ちゃんとの子どもなら俺は妊娠と出産という大きな大きな試練だって乗り越えてみせるという気概がある。それくらい、岩ちゃんのことを愛している。

 岩ちゃんだって、俺のことを愛してくれていると思う。自惚れとか自信過剰とかじゃなくて、本当に愛し合っている二人なら、相手が自分をどれくらい愛しているかもわかるから。俺は何よりも岩ちゃんのことを愛していて、岩ちゃんも俺のことをすごくすごーく愛してくれているのだ。けど、岩ちゃんはどう思っているんだろう。俺はこの先もずっと岩ちゃんといたいと思っているけど、俺たちの恋愛の先には、αやΩのような結婚も出産も無い。岩ちゃんには結婚して家庭を持つ姿がとても良く似合うのに、その時となりに立っているのは俺ではないのだ。

 

「お前また考えこんでんのな」 

 岩ちゃんは明日の天気でも話すような軽い口調でそう言って、フォークに大量にくるくる巻き付けたトマトソースのパスタを大きく開けた口に突っ込んだ。俺は岩ちゃんのそういう豪快な食べ方が好きだ。小学生の頃の給食のパスタもあんな風に食べていたのが、記憶の中で鮮明に甦って思わず微笑む。大人になるにつれて、人は皆少しずつ変わっていくけれど、岩ちゃんはなんだかあまり変わらない。俺は岩ちゃんの昔と変わらないところを見つける度、なぜだか少し安心する。

 大学を卒業して立派に社会人として働いているけれど、小学生からの幼馴染とずーっと一緒にいる俺には自分が大人になったような実感が湧かない。小さいころに想像していた大人はいつもお母さんやお父さんで、そういう人たちは誰かのために生きて、働いていた。だから自立した恋人と自分のためだけに生きて、自由に使えるお金で自由に暮らす自分たちのことは少しも大人とは思えない。何をどうすれば大人になったということなのだろうか。結婚して家庭を持つこと?子どもを生み育て、家族を養うこと?そうだとしたら、俺たちは一生大人になんてなれないだろう。

「何悩んでんのか知んねぇけど、まずはそれ食えよ。人がせっかく作ってやったんだから」

 あさりの尊い犠牲に感謝して食え、と言って岩ちゃんはまた大きな口を開けてパスタを食べた。俺は「はーい」と間延びした返事をして、あさりとコンソメのパスタを口の中に持って行った。

「岩ちゃんの作る料理はおいしい」

「おう。まぁそのソース缶詰だからパスタ茹でただけだけどな」

「豪快な男の料理って感じ。惚れる」

「おうおう。惚れろ惚れろ」

「そのめんどくさそうな返事の仕方もかっこいい。濡れる」

「漏らすな」

「お尻が濡れるんだし」

「黙れβ」

「βだけど岩ちゃんがかっこよすぎて孕みそうなの」

「お前不謹慎だぞ」

「うへぺろ」

「かわいさで押し通そうとすんな」

「やっぱかわいいと思っちゃうんだ」

 俺が笑うのとほぼ同時に、机の下で岩ちゃんの足が伸びてきて、俺の右ひざをゲシッと蹴った。俺が「痛い!」と言いながら笑うと、岩ちゃんは大げさに溜め息を吐いてから呆れたように笑った。

「何悩んでんだよ」

「岩ちゃんが昔と全然変わらなくて成長してないことを危惧してるの」

「次はグーでいくぞ」

「やだやだ岩ちゃんのグーはマジで痛い! 違うの、ちょっとね、将来のこと」

「なんだ? 仕事変えたいとか?」

「いやいや、仕事は文句ないよ。海外との取引結構楽しいし」

「お前営業向いてるもんな」

「ありがとうございマース。及川です! どうぞよろしくお願いします~」

「いえ結構です。じゃあ何悩んでんだよ。隠したら殴る」

「すぐ暴力に訴える!」

 非暴力!不服従!と唱えて、俺はまたあさりのパスタを口に入れる。

 岩ちゃんは優しい。優しいからいつもこうやって俺の中の澱みをきれいに救い上げて浄化しようとする。でもそうやって誤魔化し続けても、澱みの根源をなんとかしないといつまでたってもいたちごっこなのだ。

 俺が岩ちゃんとの未来に望むことが、この世界のルールでは叶わないから。だからどうやっても、岩ちゃんと一緒にいる限り俺の中に澱みは生まれ続ける。

 岩ちゃんは俺がのらりくらりとかわすのが気に入らないらしく、眉を顰めて黙り込む。こういう難しいことを考えようと努力している時の岩ちゃんはすごくかわいい。でも頭を使うのは向いてないし、そもそも俺が悩んでいるのは岩ちゃんのせいじゃないから、岩ちゃんがどんだけ考えたってわかりっこないだろう。悩ませてごめんね、俺が悪いんだ。ごめんね岩ちゃん。

「すまん、及川。俺はお前が何悩んでんのかわかんねぇ」

「岩ちゃんが謝ることじゃないよ。俺が勝手に考え込んでるだけ」

「俺には言いたくないのか」

「言っても仕方ないよ」

 こんな風に言うと、岩ちゃんは怒る。勝手に決めつけてんじゃねぇ、って。でも、今回ばかりはどうしようもない。岩ちゃんも俺もΩじゃないし結婚も出来なければ子どもも産めない。

「俺はお前と別れないからな」

 岩ちゃんは怒らなかった。怒っていなかったけど、悲しそうだった。岩ちゃんにこんな顔させたかったわけじゃないのに。どうしたらいいんだろう。

 

 

 風呂上りにはバレーをしていた頃の癖でいつもストレッチをすると決めている。ダブルベッドの上で上半身裸のまま足を開いてぺたんと前に倒れる。長湯しすぎたのだろうか。身体が熱くて、シーツの冷たさが気持ちよかった。

 風呂場から聞こえていたシャワーの音が止んで、しばらくしてドアの開く音がして、上半身裸に首からタオルをかけた岩ちゃんが寝室に入ってくる。入って早々「あちぃ」と呟いてエアコンに視線をやる岩ちゃんに「付けてないよ」と言ってベッドのすぐ傍のベランダを指さす。暑いなら外の風に当たれ、の合図だ。さすがに風呂上りは少し暑いけれど、まだエアコンを付けるような季節ではない。電気代だって馬鹿にならないし。岩ちゃんは小さく悪態を吐いたが、ベッドサイドのテーブルに置いた煙草のケースから一本だけ取り出して、ベランダに出た。岩ちゃんは一日に2、3本だけ煙草を吸う。寝る前にベランダに出て吸うのは岩ちゃんのお気に入りの時間だ。俺は煙草を吸わないから、岩ちゃんの吸ってるマルボロがどんな味だとか、いくらするとか、そういうことはよくわからない。でも煙草を咥えて、少し俯き加減で火をつける時の岩ちゃんは最高に色っぽいしかっこいいと思っている。

 俺もベランダに出ればよかった。身体が火照って、頭が少しくらくらした。ベランダで煙草を吸う岩ちゃんの後姿をボーっと見つめていると、岩ちゃんが振り返らずに「及川」と俺を呼んだ。

「俺お前と別れねぇっつったけど」

 うん。言ったね、さっき。

「お前が俺といて苦しいなら、別れてもいいと思ってる。俺といても、何も発展しねぇしなぁ。お前そういうこと悩んでんじゃねぇの」

 岩ちゃんは少しもこちらを振り返らずに、窓の外の夜の街を眺めながら言った。都心から少し離れたマンションの7階から見える景色は、そんなにきれいなものじゃない。でも岩ちゃんはその景色を気に入っていた。なんでこういう時だけ勘が鋭いんだろう。岩ちゃんは俺みたいに器用じゃないし頭の回転も速くないって自分で言うけど、でも俺からしたら岩ちゃんほど鋭い人もいないと思う。俺は岩ちゃんに隠し事が出来た試しが無い。

「俺は岩ちゃんと別れたくないけど、これから先、俺といる岩ちゃんが、俺以外の何も得られないのが嫌だよ」

「あ?どういうことかわかんねーからはっきり言え」

 振り返った岩ちゃんは、ちょっと怒ったような顔をしていて、俺は岩ちゃんにこういう顔をされるとどうしようもなく嬉しい。岩ちゃんが遠慮無く怒い顔をするのは信頼の証だから。

「だからね、俺はβだから岩ちゃんの子ども産んであげられないし、それに」

「なに、お前、俺の子どもほしいの?」

 まだ少ししか吸っていない煙草を灰皿に押し付けて、岩ちゃんは俺と話す姿勢を取った。ベランダから部屋に戻り、窓を閉めて、ベッドに乗り上げ俺の頭を撫でる。そうやって自分の楽しみを捨てても、俺の機微を感じ取ってすぐに駆けつけてくれる岩ちゃんが好きだ。俺の前髪を優しく流して、おでこを見つめる時の岩ちゃんの真剣な眼差しが好き。聞いたらきっと恥ずかしがって教えてくれないだろうけど、たぶん岩ちゃんは俺のおでこが好きなんだと思う。俺は岩ちゃんの口下手なところが好き。好きってあんまり言葉にしないけれど、行動に好きが溢れているところが好き。

「ほしい、ほしい、岩ちゃんとの子どもなら、俺、おれ」

「わーったよ、でも俺はお前がΩじゃなくてよかったって思ってるんだぞ」

「岩ちゃんは嫌なの、俺との子ども、欲しくないの」

 俺は半ば熱に浮かされたようにそう言った。岩ちゃんの裸を見ていると頭が熱くなってくらくらしてくる。筋肉と脂肪がちょうど良く乗った硬くて柔らかそうな胸筋、がっしりして広い肩幅と、数年前まで俺のトスを打っていた強くて頼りになる腕。見ているだけで身体が火照って、岩ちゃんの全部が欲しくてたまらなくなる。

「ちげぇよ。お前との子どもなんか欲しいに決まってるだろ。100人ぐらい欲しいわ。そうじゃなくてな、俺は自分の大事な人にΩの発情期の苦しみとか、味わってほしくないんだよ」

「それは、俺も、いや」

 不公平な世界が嫌。不公平なのにそれに目を瞑って表面上だけ取り繕っている世界が嫌。岩ちゃんと結婚して子どもを持つことが出来ない自分の運命が嫌。俺は全部全部嫌だった。

「でも、αとΩのカップルが結婚して子どもいるの見ると、なんで俺たちはって思う。生まれながらにして優劣が決まってるのも、Ωが好きでもないαに犯されてるのも、俺が岩ちゃんと結婚できないのも、全部全部、嫌」

「んなの俺も嫌だ、こんな世界間違ってる。αもβもΩも、そんなので人生が決まるなんて嫌だ。どんな性別でも、俺はお前が好きだよ、初めて会った時から、お前だけが好きだ」

 そう言って岩ちゃんは優しく俺のおでこにキスをした。俺は堪えきれずに腕を伸ばして岩ちゃんの身体をかき抱く。岩ちゃんも我慢できないのか、器用に片手でズボンを下ろしながら、俺の上に馬乗りになった。見下ろしてくる岩ちゃんの黒い瞳が異様にギラギラしていて、あぁ岩ちゃんも俺と同じようにおかしいくらい興奮しているのだ、とわかった。

「岩ちゃん、いわちゃん、俺も好きだよ。ずっと好き。岩ちゃん以外の人なんて好きにならない。だから俺と番になって、俺に岩ちゃんの全部、ちょうだい」

 岩ちゃんは返事をせずに、乱暴に俺の首元に噛み付いた。ギッという皮膚を破る鋭い歯の音がして、それと同時に痛みが襲う。熱く火照って正常に働かない脳に、痛みの信号が送られて、俺の脳はやっと食べられるという危険を感じた。それでも強い力で上から抑えつけられて、身じろぐことしかできない。危ない。危険だ。このままだと食べられる。麻痺した脳が警鐘を鳴らしているのに、本能がこのまま食われろとでも言うかのように俺の身体は岩ちゃんを離さなかった。鋭い歯で皮膚を破られる痛みに、俺は岩ちゃんの下でびくんと体をくねらせ、足をバタつかせる。でも俺の腕は岩ちゃんの首にしっかりと回されてもっと噛んでくれと本能が叫ぶ。岩ちゃんはどこから来るのかという馬鹿力でもって、痛みで体をよじらせる俺を抑えつけて次々に皮膚を噛む。肩口や首筋、うなじ、もう噛むところなんてないというほどたくさんの傷をつけて、岩ちゃんはやっと止まった。俺の頭の中はもうぐちゃぐちゃで、あぁ俺は食べられてしまったのだ、と直感的に悟った。

「お前はもう、俺んだから」

 顔を上げた岩ちゃんは、口から滴る俺の血をぺろりと舌で舐めて、今度は俺のズボンとパンツを一気に脱がして、何の躊躇も遠慮も無く、俺の後ろの穴に触れた。

「あぅ、あ、あ」

「濡れてんな」

 岩ちゃんは小さく呟いて、俺もその言葉の通りのことを感じていた。俺は岩ちゃん噛まれて、食べられそうになって興奮して、感じて、濡れていたし、すぐにでも挿れて欲しいと思っていた。

 岩ちゃんの下半身を見ると、既にガチガチに硬くなったものが見えた。あぁ今からアレが入るのだと思うと、俺の身体はもっとゾクゾクして、また後ろが濡れるのを感じた。岩ちゃんがいつもの丁寧さを一切忘れたかのような乱暴な手付きで俺の足を抱えて、自分の硬くて大きくなった性器を俺の穴に押し付けるから、俺はその先の快楽を予想して大きく身を震わせた。岩ちゃんの性器の先端が、俺の入り口をぐっと押し広げて入ってくる。俺は叫びそうになるのを堪えて歯を食いしばって、シーツを掴む手に力を込めて耐えた。痛いとか、苦しいとかじゃなくて、ただただ気持ち良くてどうにかなってしまいそうだった。

「あ、あぁ、はっ」

「全部入ったの、わかるか?」

「あ、あ、もう、すごぃ、いわちゃ」

「オラ、奥当たってんだろ?」

 岩ちゃんが腰をぐいっと押し当てて、俺の中の一番奥をえぐる。岩ちゃんの先端が最奥を突いて、中がとろとろになる。訳が分からないほどの快楽が体を支配して、目の前がチカチカと明滅した。息もつけなくて、気持ち良すぎて苦しいのに、やめることができなかった。いつもと違う体の感覚を俺も岩ちゃんも感じていたのに、本能がやめるな、もっと、と急かしていた。

 腰の動きが早くなって、俺と岩ちゃんは少しの隙間も耐えられなくて、二つの身体を一つにするみたいに精一杯身体を折り曲げてぴったりとくっついた。汗と涙と唾液が交じり合って身体はぐちゃぐちゃで、でもそんなことは少しも気にならなかった。

「おいかわ、おいかわ、イク、イクぞ」

「あ、ん、んぅ、いわちゃん、きて、もっと、おく、おれの、おくに」

 ぐいっと岩ちゃんの腰が俺の臀部に押し付けられて、中で岩ちゃんの性器がビクビクと震えるのを感じた。岩ちゃんが俺の中の一番奥に精液を流し込もうと奥に入れたままゆっくりと腰を揺する。あぁ、これで俺は岩ちゃんのモノになった。快楽で働かない頭の片隅で、俺は本能的にそう感じていた。

 

 はぁはぁと犬みたいに荒い息をして、汗と涙と血と色々な体液にまみれてぐちゃぐちゃなまま、岩ちゃんも俺もしばらく動けなかった。頭のねじが数本飛んでったままセックスしてしまったような、途方もない快楽だった。裸のままベッドに仰向けになって、二人して何もない天井を見つめていた。何を言えばいいかわからなかった。だんだんと冴えて来る頭で、俺も岩ちゃんも、このセックスが“普通じゃない”ことを理解しようとしていた。これはβ同士のセックスじゃない。小学校の高学年になった時に習うα、β、Ω性の特性、ネットや本で見たαとΩのセックスの快楽。理論だけの知識が、さっきまでの異常なまでの快楽と一緒に、頭の中でパズルのピースみたいに組み合わされて行く。

 俺は黙って岩ちゃんの手を握った。岩ちゃんもぎゅっと俺の手を握り返した。

「前言撤回だ。俺は何があっても、お前と別れない」

 俺は自分の首筋に手を伸ばした。たくさんの噛み痕と傷があって、血でぬるぬるしていた。触れるとズキズキと痛んだけれど、俺はどうしてだかその傷が愛しくて堪らなかった。

 

 

 

「子どもの性別は、検査したくない」

 診察室を出ると、岩ちゃんは開口一番そう言った。さっき先生の言った、「男か女かそろそろ調べられますよ」という言葉への返事だとすぐにわかった。

「俺は別にどっちでもいいけど、なんで?」

「だって、男でも女でも嬉しいし、無事に生まれてくれたらそれだけでいいから」

 ふぅん、と言って俺は無意識にお腹をさすった。最近はずっとこれが癖になっている。自分の身体の中に新しい命があるということがなんだか信じられなくて、まだ実感はわかなかった。

「それより、徹、お前何食べたい?」

 岩ちゃんは、俺の妊娠がわかってから毎日俺の好きなものを作ってくれる。今までだってよくご飯を作ってくれたけど、妊娠がわかってからは俺への優しさが度を超えていると言えるほど甘かった。

 俺たちはあの後、これ絶対おかしい。俺実はΩかもしんない、岩ちゃんはαかも、とビクビクしながら二人で病院に行った。事の次第を話すと、即検査されて、俺の首筋の噛み痕はΩがαに付けられる番の印と同じ兆候があると言われた。血液検査では俺も岩ちゃんもβだったけれど、俺の身体はΩのそれと同じ機能ができていて、妊娠していると言われた。何がなんだかわからなかったけれど、医者の方がずっと驚いて取り乱していた。それから俺と岩ちゃんは都内の大学病院に移されてしばらく入院したけれど、結果はやっぱり同じで俺は妊娠していたし、血液検査でもその他諸々の検査でも二人とも何の異常もないβだった。

 仕事は急に休まなければいけなくなるし、いつの間にかニュースになっていてマスコミは病院につめかけるし、世界中で新たにα、β、Ω性の研究が始まるし、始めの数か月はとても慌ただしかった。宮城にいる俺と岩ちゃんの家族にも心配をかけたし、当たり前だがこんなことになって俺たちが付き合っていることを言わなければならなくなった。でも、俺たちが付き合っていることの衝撃よりも、俺も岩ちゃんもβなのにαとΩの番みたいになってしまったことの方が親たちには心配だったらしく、結果的にバタバタしている間に俺たちの交際は認めてもらえていた。

 入院中はたくさんの友達も見舞いに来てくれた。東京で仕事してるマッキーやまっつん、遠方の矢巾やわたっち、金田一と国見ちゃんも来てくれた。改めて皆の前でいきさつを話すのは恥ずかしかったので俺も岩ちゃんも正直ソワソワしていたけれど、皆は俺たちがそういう仲であることよりも、妊娠したことを心配していたから、これも結果的になんだかんだうまく受け入れてもらえた。国見ちゃんはちょっとだけ冷たい目で「及川さんと岩泉さんならいつかやらかすと思ってました」と言った。俺はなんだかわからないけれど、怒られている気がしたので「ごめん」と返しておいた。でもそんな国見ちゃんが持ってきたお見舞いの品がベビー用品だったので、俺はなんてかわいい後輩なんだろう、と頭を撫でたいのを必死で我慢しなければならなかった。国見ちゃんは昔から俺のスキンシップが激しいとよく怒っていた。

 俺と岩ちゃんの関係は、まぁ一般人だから詳しくは出なかったけど、世界初のβ男性同士の番ということでニュースにもたくさん取り上げられて、会社とか近所とか共通の知り合いとかには必然的に全部バレることになった。それでもまぁ、俺たちがこれからのα性とΩ性の特質を解明し、近い将来性別によって生活の不自由や能力の有無が決まることを失くすための第一歩という取り扱われ方をしたおかげで、周りの反応は好意的だった。

 子どもが産まれる前にと思って、俺と岩ちゃんは籍を入れた。バタバタしていたし、これからどんどんお腹も大きくなるし、仕事も引き継がないといけないし、体調だってどうなるかわからないから、結婚式こそできなかったけれど、でもそれでも俺も岩ちゃんもそんなことはどうだってよかった。入籍して、晴れて俺は岩泉徹になれたことだけで充分嬉しかった。俺たちは昔みたいにお互いを名前で呼ぶようになった。そうすると、本当に結婚したんだなぁという実感がわいて、幸せすぎて馬鹿みたいに二人して笑った。

お腹はこれからどんどん大きくなる。もうすぐ俺たちには、双子のかわいい赤ちゃんが産まれる。

 

 

 

「やべぇ、めっちゃ……」

 病室に一歩踏み入れた途端、国見ちゃんは持っていた紙袋を取り落とした。紙袋はがさっと少し重めの音を立てて、中身を白い病院の床に滑り落とした。全面が透明なパッケージに『天然素材』『知育』という文字の書かれた木製の積み木が見えた。荷物を落として固まる当の国見ちゃんは、俺の周りの人垣の隙間から茫然と俺の手元を見つめていた。

「国見、おせぇじゃん」

 俺もう抱っこしちゃった、と語尾にハートマークが付きそうな甘い声で言ったマッキーは、おくるみに包まれた俺と岩ちゃんの子どもを抱き上げて頬ずりする。その隣で金田一が隣で目をキラキラさせて、ソワソワと手を握ったり開いたりしている。どうやら抱きたくてたまらないらしい。金田一のこういうところは昔から変わらなくて、本当に180㎝越えの成人男性かと問いたくなるほど破壊的にかわいい。

「国見、忙しいのにわざわざありがとな」

「え……? あ、はい、いえ……」

 岩ちゃんに名前を呼ばれて、国見ちゃんは一瞬だけ視線を岩ちゃんにやったけれど、返事は上の空ですぐにまた俺の腕に抱かれた子どもを見つめる。

「花巻さん、次、次、俺も!」

「いや、金田一にはまだ早いだろう……もっと伸びたらな」

「花巻、まだ首据わってないんだからあんまふわふわ抱くなよ!」

「パパが怒った!」

「うるさいよお前ら」

 騒ぐ三人をじろりと睨み付け、俺は国見ちゃんに向き直って笑う。

「国見ちゃん、ほらボーっとしてないでこっち来てよ」

 俺の言葉に動かされ、国見ちゃんは落とした荷物も拾わないでふらふらと俺のいるベッドに近付いた。なんか目がおかしい。これはマジになってるやつだ。

「なんすかこれ……これ、これ……こんなかわいいとか聞いてない……」

「昨日写メ送ったじゃん」

 生まれたてホヤホヤの、と言う俺の声は聞こえてないらしい。国見ちゃんって意外と赤ちゃんとか好きなんだな、と俺は十年来の後輩の新しい一面に気付かされた。

「やべーよな、及川にそっくりデショ」

 ベッド横の椅子に腰かけていたまっつんが立ち上がって覗き込む。確かに、我ながら似ていると思う。

「及川さん、この子たち、名前は」

「うん、名前ね、色々考えたんだけど、この子たちの未来にいいことがありますようにって気持ちを込めてね」

 俺が岩ちゃんに目をやると、岩ちゃんも俺を見ていた。にっこりと笑って、俺の肩に手を置く。

岩ちゃんと結婚して、岩ちゃんの子どもを産むことが出来るなら、俺はそれ以上の幸せはないと思っていた。でも、現実は、俺が想像したよりずっと幸せだった。大事な友人がいて、岩ちゃんがいて、子どもが二人も!それに、世界も変わるかもしれない。俺たちの子どもを、思春期を迎える頃にはα、β、Ωの血液検査をするだろう。でも、それが自分の人生を制約しないことは、俺たちが証明した。研究が進めば色々なことがわかるだろうし、αが優秀でΩが劣等だなんてことも、いつかはなくなるかもしれない。

 この世界にはたくさんのルールがある。でも、だからって、それで俺たちの未来が生まれながらにして決められているなんて絶対無い。俺と岩ちゃんはそんな世界のルールを壊して、それで大事な人と幸せを手にした。だから自分の子どもたちにも、胸を張って夢を見ろと言うんだ。

「この子たちの名前はね――」

 

 

 

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