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2LDK

 

 

 東京の大学に受かって、俺と岩ちゃんは自然に、なりゆきで、本当に一切何の相談もなく、スッと二人で暮らし始めた。入学前に二人で東京に住む家を探しに行って大学近くの不動産屋に入って、それで大学の近くで家を探していますって言ったら勝手に勘違いしたお店の人がルームシェアできる部屋を見せてきて、お互いそれに何も突っ込まなかったから、それでまぁいいかって感じで2LDKの部屋を見て回ったのだ。なんともなぁなぁな感じであるが、もう十数年連れ添った幼馴染なので、離れるのも逆に面倒な気がした。きっと岩ちゃんもそう思っていることだろう。

 そして俺たちは何の話し合いや決め事もなく、二人で暮らし始めて3日が経った。引っ越し作業は思ったより楽で、俺も岩ちゃんもバレーに関する荷物以外に大事なものなんてほとんどなかったから、部屋はすぐに片付いた。必要最低限の荷物しか無くて少し殺風景な部屋だけど、まぁ始まりはこんなもんだろう。それに、部屋がどうとかよりも重要なことがある。そう、俺は今ちょっと悩んでいた。

 

 岩ちゃんって料理するのかな、と。

 

 俺も岩ちゃんもバレーで進学したし、もちろん大学でもバレー部だ。だから正直、バイトに使う時間はできるだけ少なくしたい。俺は出来るだけお金を節約したいと思っている。料理なんてしたことなかったけど、実家を出る前にお母ちゃんから基本の料理の本をもらってきた。初めは失敗するだろうからもしかしたらスーパーの割引されたお弁当の方が安いってことになるかもしれないけれど、でもきっと練習を積めば自炊の方が安く収まるはずだから、自炊をしていきたかった。でも、岩ちゃんはどうだろうか。引っ越し準備の時、岩ちゃんはボウルやおたま、菜箸といった台所の必需品を持ってきていなかった。それに、料理って一人前じゃなくて基本的に二人前作るみたいで、持ってきた料理の本には二人前の材料ばっかり載っている。俺が料理をしたら岩ちゃんは食べてくれるだろうか。もし岩ちゃんが食べてくれると、材料費も折半になるしすごくお財布に優しいのだけど。そこんとこ、岩ちゃんはどう思っているのだろうか。

 

 

「ねぇ、岩ちゃーん」

 俺は台所からひょこっと顔だけ出して玄関を覗いた。ちょうどバイトの面接から帰ってきた岩ちゃんが、靴をぽいぽいっと脱いだところだった。靴は並べてほしい。そう思ったが今はもっと大事なことがあるので、それを言うのはまた今度、と思って飲み込んだ。

「おう、ただいま」

「おかえりー。てかね、岩ちゃん俺自炊したいんだけどいい?」

「あ?別に好きにしろよ。てかお前つくれんの」

 練習するー、と俺が言うと、その方が安上がりだしな、と岩ちゃんも頷いた。そうして「俺風呂」と外国人のように単語だけ言い放った岩ちゃんはお風呂に行ってしまった。

 俺は作った料理を岩ちゃんも食べてくれるのか聞きたかったのに、なんとなく気恥ずかしくて言えず終いになった。もしかして、面接の帰りに何か食べてきてしまっていたらどうしよう。近所にラーメン屋があるって昨日ネットでマンションの近くを検索した岩ちゃんが言っていた。

 お弁当とかお惣菜とかを買って帰ってきた様子は無いけれど、いったい岩ちゃんは今日の夕飯をどうするつもりだろう。昨日も一昨日も家に足りない日用品を買うために一緒に出かけたついでに適当に食べたけど、そういった作業の終了した今日は、朝から俺たちは別行動だった。大学が一緒で部活も一緒で部屋も一緒の人間と、夕飯くらいは別で食べたいと思ってたりするんだろうか。なんだか聞きづらかった。

 

 

 でも取り合えずは、今目の前にあるこの肉じゃがの材料をなんとかせねば。えーと、皮を剥いたじゃがいもは水につけて灰汁抜き?灰汁?なんて読むのこれ。まぁいいや。水に付けたらいいんでしょ。とりあえず人参の皮を剥こう。……人参ってこれ皮なの?剥いても剥いても人参が出て来るよお母ちゃん!!

 

 俺が四苦八苦しながらなんとか材料を切り終えたころ、岩ちゃんがお風呂から出てきて短い髪をタオルで拭きながら、台所に顔を出した。

「まだそこなの。それって今から煮るだろ。どんだけ時間かかってんだよ」

岩ちゃんは俺の手元の野菜たちと、まな板の横に置いた料理の本を見比べながら言った。

「うーん……。そもそもちゃんと食べられる味になるのかも疑問」

 岩ちゃんは俺の言葉には答えず開いた料理の本を黙って見ていたので、俺は切った材料が入るサイズの鍋をシンクの下の棚から引っ張り出した。買ったばかりでまだ一度も使っていないお鍋の底にはシールが貼りっぱなしだった。まずはこれを剥がすところからだ。

「ふーん、まぁ、頑張って作れよ。お前の作ったモンならどんなのでも俺は食べるから」

 岩ちゃんは肉じゃがの作り方を一通り見ると、また髪をガシガシとタオルで拭きながらリビングに戻ってテレビを付けた。20時前のゴールデンタイムのテレビは賑やかで、華やかとは言えないこの2LDKのマンションの一室が、急に明るくなったような気がした。

 岩ちゃんは結構かっこいい言い方をするな、と俺はなんだか気恥ずかしくなって顔が熱くなるのを感じた。男の俺でもドキッとするようなことを言えるくせに、どうして岩ちゃんはモテないんだろう。俺をこんなドキドキさせてる場合じゃないだろう、岩泉一くん!

 

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